愛の詩

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黒い月が昇った。
地上へと落下する。
音楽をかけないカナル式イヤフォンと一緒に。

どくん、どくんと身体を這い踊る熱。
生きていることが、気持ち悪い。

ギラギラと光る、出来たばかりの道路のノイズに
サイズ違いのサンダルが置いて行かれる。

銭湯の湯気を感じる独特の懐かしいような匂いを通り過ぎ、
むせかえるような、
息もできない夏。
なにもできない夏。

今日も、許せなかった。
愛せなかった。
もう、疲れたんだ。

燻る、黒く焦げ付いた群青の跡で
錆びた銅を舐めた時と同じ。

名前のわからない虫が死んでいるのを見て、その虫を食べたかのような感覚を得る。
罪悪感で、その細部にまで目が離せない。

こんな風に、死にたくはない。

せめて命おちるときは、透明に、粒子に、溶けあうように。

最初からいなかったんだと。

全部夢であったと、思わせてくれ。

もう許すことはできない。
あの頃に帰ることは、叶わない。

小さな頃から、繰り返し見る夢がある。
蝉のわめく昼下がり。
曲名のない、オルゴールの調子はずれの汚い音に。
白く脆い空に、ディルフィニウムの花畑。
彼女らは、視界をねじませる暑さに頭(こうべ)を垂れて
太陽が死んでくれる日を、いまか、いまかと待っている。

その花畑の中央には、私を待つ、白いワンピース姿の少女。
細くのびた両手には、白くて丸い何かを抱えて。
それに私が触れた時、世界のすべてが砕け散るのだ。

少女の笑った口元だけが見える。

そして、白くて丸い何かに触れようとした時、

わっ と 目が覚める。

愛していた人が、誰かに愛されなかったことを知った。
代わりになどなりたくはない。胸がすっとした。
もう価値はなくなったんだ。全部。

時折訪れる、何もできない日。
「人」として思考していたいが、脳の内側から何かが沸き上がりこの世の色を奪う。

駆け引きなんて、くそくらえだ。

涙がでるほどの空白ではない。
なにかで埋めるまでもない。
きっとこの空白はこのままのほうがいいんだ。
考えないことなんだ。
あの時みたいに。
全部なくなれば。

愛されたくないんだ。
たいして痛くもないのに閉ざした目の中で何かが泳ぎ、身体の末端がびりびりと疼く。

生きることなんて、簡単じゃないか。
クスリを飲んで、息をするだけ。

りんごジュースを冷やす氷が、熱に溶けてもそこにあるなら
意味なんてないじゃないか。

ああ、どこか目の届かぬところで、
愛のまぼろしを見てみたい。

抱きしめられないなら、この手からすり抜けて
求めてもそこにないのなら、心の穴を広げてくれないか。

消えないならば、消えればいいんだ。

それができないならば、
死んでしまえばいいんだ。

全部吐き出して死にたいんだ。
綺麗になって。
夢だったように。

そんな顔しないで。
もう大丈夫だから。
心配しなくていい。

愛した人など、いなかったんだよ。
愛された人は、どこかへいったよ。

私にとっては、愛なんてただ傷を残すことなんだ。

愛されないならそれは、その心に空いた穴は
何を押し込めて塞ぐよりも、
走って、走って、掴んで、
広げて、広げて、広げて、

世界が、裏返るまで。

愛した人などいなかったんだよ。
愛された人はどこかへいったよ。

愛した私は、偽物だったよ。
愛されたかった私はもういないよ。

愛してくれた人は、幻だったよ。

抱きしめたいほどに、幻だったんだ。

陽炎が揺れて、ひたすらにぼやけた世界でも。
目を覚ましたくない程に、このままずっと生きていたい程に。

愛しい、いとしい夢だったよ。